目次
- 01ヴィーガン表示が示すことと、安全性の確認
- 02EUと米国の規制文書に「ヴィーガン」の定義はあるか
- 03食品の世界では「任意表示」として扱われている
- 04民間マークは何を見て、何を見ていないのか
- 05EUのREACHが実際に見ているもの
- 06SDS(安全データシート)は何を伝える文書か
- 07日本で表示を見たとき、どこまで信用してよいか
- 08inklyで確認できるインクの情報
- 09よくある質問
- 「ヴィーガン」と書かれたタトゥーインクは安全ということですか?
- ヴィーガン表示を審査している公的機関はありますか?
- SDSを公開しているインクなら、ヴィーガンだと考えてよいですか?
- inklyではヴィーガンインクを使えますか?
ヴィーガン表示が示すことと、安全性の確認
タトゥーインクの通販ページやスタジオの紹介文で、「ヴィーガン」という言葉を見ることが増えました。動物由来の原料を使っていない、動物実験をしていない、という意味で使われるのが一般的です。ただ、この言葉が「体に安全」を保証しているわけではありません。安全性を見る物差しと、動物由来かどうかを見る物差しは、まったく別のものです。この記事では、その二つを分けて見る方法を、規制文書や民間基準の一次資料をもとに説明します。
EUのタトゥーインク規制であるREACH附属書XVIIのEntry 75は、有害な化学物質とその濃度、ラベル表示を対象にしています[1]。その本文に、動物由来成分の有無や「vegan」の定義は書かれていません[1]。一方で「ヴィーガン」の表示には、The Vegan SocietyやPETAのような民間の審査制度があります[7, 8]。つまり「ヴィーガン」は民間の基準で判断される言葉、「規制への適合」は公的なルールで判断されるもの、という違いがあります。表示を見る際は、どちらの基準に基づくものかを確認してください。

EUと米国の規制文書に「ヴィーガン」の定義はあるか
EUでは、2020年に欧州委員会規則2020/2081がREACH附属書XVIIにEntry 75を追加しました[1]。対象は、発がん性、変異原性、生殖毒性、皮膚感作性、皮膚や眼への刺激性などに分類される物質と、化粧品規則の附属書II・IVに載る一部の物質です[1]。2022年1月4日以後、供給者には「Mixture for use in tattoos or permanent make-up」という表示、ロット識別番号、成分一覧などをラベルに載せることが求められています[1]。この法令本文に、動物由来成分の有無や「vegan」の定義、ヴィーガン認証の取得義務は記載されていません[1]。
米国では、皮内に用いるタトゥーインクとパーマネントメイク用インクは、連邦食品・医薬品・化粧品法上の化粧品の定義に入ると、FDAが説明しています[3]。FDAは、化粧品への使用が認められた着色料はあっても、皮膚への注入が認められた着色料はない、とも述べています[3]。そしてこのFDAのページも、タトゥーインクにおける「vegan」の定義や、ヴィーガン表示に対する第三者認証の義務を示していません[3]。EUと米国のどちらの規制文書を見ても、「ヴィーガン」という言葉は規制の中心にはない、ということです。
食品の世界では「任意表示」として扱われている
タトゥーインクではありませんが、「ヴィーガン」という言葉が制度上どう扱われているかを知るには、食品の例が参考になります。米国FDAの食品・サプリメント表示に関するQ&Aは、「vegan」や「non-GMO」といった表示について、FDAへの市販前や市販後の提出は不要だと記載しています[4]。同時に、そのような表示も真実で、誤認を招かないものでなければならないと説明しています[4]。提出が不要な表示にも、正確さが求められます。
日本でも似た考え方が見られます。農林水産省は2022年、ベジタリアンやヴィーガンに適した加工食品のJAS規格案についてパブリックコメントの結果を公表しました[5]。その回答では、認証を取得するかどうかは任意で、認証を受けない事業者でも「ベジタリアン」「ヴィーガン」等の表示は可能だとしています[5]。またJAS法でこれらの名称を規制するには、一般消費者の選択に著しい支障が生じていることが条件で、当時はその状況にないと説明しています[5]。
この二つの資料は、あくまで食品とサプリメントの話です[4, 5]。タトゥーインクに直接あてはまるものではありません。ただ、「ヴィーガン」という言葉が、任意の認証と真実性のルールの組み合わせで扱われている実例として知っておく価値はあります。表示があるかどうかより、その表示に何の裏付けがあるかを見る、という姿勢はインクにも通じます。

民間マークは何を見て、何を見ていないのか
ヴィーガン表示の裏付けとしてよく使われるのが、民間の認証マークです。The Vegan SocietyのVegan Trademarkは民間の認証制度で、登録する製品とその原料について、動物由来の製品・副産物・誘導体を使わないことを条件にしています[7]。さらに、申請企業やその管理下にある者が動物実験を行わないことも条件です[7]。原料の出どころをたどれるサプライチェーンを求め、製品と全成分を確認すると説明しています[7]。申請から登録までの目安は30〜60営業日と記載されています[7]。
PETAには、動物実験をしないことを示すcruelty-freeの表示と、動物由来成分も使わないcruelty-free and veganの表示があります[8]。原料、原料供給者、処方、最終製品について動物実験を禁止する基準と、動物由来成分を使わない基準は別です[8]。動物由来成分の例にはbeeswax(蜜ろう)、carmine(コチニール由来の赤色色素)、honey(はちみつ)、lanolin(羊毛由来の油分)が挙げられています[8]。原料の由来を確認したい場合は、veganを含む表示かどうかを見てください。
これらのマークでは確認されない項目もあります。The Vegan Societyの基準は、REACH附属書XVIIへの適合、タトゥー施術時の安全性、無菌性を認証項目として示していません[7]。PETAのページも、REACH適合、化学物質の濃度試験、タトゥーインクとしての安全性試験を審査項目として示していません[7, 8]。これらの民間マークは、種類に応じて「動物由来かどうか」や「動物実験をしたかどうか」を確認する仕組みです。PETAのcruelty-free表示だけでは、動物由来成分の不使用まで意味しません。「肌に入れて問題ないか」を確認する仕組みではありません。
EUのREACHが実際に見ているもの
では、安全性の側を見ている公的ルールは何を対象にしているのでしょうか。欧州化学品庁(ECHA)は、EUとEEAでタトゥーインクとパーマネントメイクに含まれる4,000を超える有害化学物質の使用がREACHで制限されると説明しています[2]。規制は2022年1月4日から適用され、Pigment Blue 15:3とPigment Green 7の2つの顔料については2023年1月4日から適用されました[2]。対象として挙がるのは、CMR物質(発がん性・変異原性・生殖毒性)、感作性・刺激性・腐食性の物質、金属、メタノールなどです[2]。
ラベルについても要件があります。ECHAは、タトゥー用である旨、成分一覧、関連する安全情報がラベルに必要だと説明しています[2]。法令本文では、これにロット識別番号が加わります[1]。ここで挙がっている項目は、どれも「何が、どれだけ入っているか」を見るものです。動物由来かどうかは、REACHの適合要件には入っていません[2]。
ヴィーガン表示は原料の由来を示し、REACHは含まれる物質の種類や濃度を規制します。動物由来の原料を使わなくても、含まれる化学物質の濃度が基準を超えれば、REACHの側では問題になります。逆に、REACHの基準を満たしていても、原料に動物由来のものが使われていることはあり得ます。二つは重なる部分もありますが、片方でもう片方を代用することはできません。
SDS(安全データシート)は何を伝える文書か
インクの安全性を調べていると、SDSという言葉に出会います。ECHAの説明では、SDSは物質や混合物の性質、有害性、取り扱い、廃棄、輸送、応急措置、消火、ばく露管理に関する情報を含む文書です[9]。書式と内容はREACHで定められています[9]。いわば、その製品を扱う人のための取り扱い説明書と、事故が起きたときの対応マニュアルを合わせたものです。
SDSを取引先などに提供する義務と、ウェブサイトで一般公開することは別です。ECHAは、一定の有害性を持つ物質・混合物などについてSDSの提供を求める一方、一般消費者にも販売する製品には提供義務の例外があると説明しています[9]。ウェブ上の公開例として、タトゥーインクメーカーのQuantum Tattoo Inkは、2022年のCertificate of Complianceと、言語別のREACH SDSのダウンロード先を掲載しています[10]。適合証明書とSDSは別文書であり、この掲載自体が行政機関による製品認証を意味するわけではありません。
ここでも混同に注意が必要です。SDSはヴィーガン認証書ではなく、有害性や取り扱いについての文書です[9]。SDSだけで動物由来の原料を使っていないと確認できるとは限りません。反対に、ヴィーガンマークを見てもSDSの中身は分かりません。成分の有害性情報と原料の由来は、それぞれ確認します。

日本で表示を見たとき、どこまで信用してよいか
日本でタトゥーインクの表示を見る際には、民間のヴィーガン基準に加えて、景品表示法による表示全般のルールも関わります。消費者庁は、商品やサービスの品質、規格その他の内容について、実際より著しく優良であると一般消費者に示す表示(優良誤認表示)を禁止していると説明しています[6]。消費者庁長官は、表示の裏付けとなる合理的根拠を事業者に求めることができます[6]。事業者が資料を提出しない、または合理的根拠と認められない場合は、不当表示とみなされる、または推定されます[6]。表示には、裏付けとなる根拠が必要です。
海外では、実際に「vegan」表示が問題になった例があります。米国の連邦取引委員会(FTC)は2019年、浴用・美容製品を「vegan」と広告していた事業者について、一部製品にhoney(はちみつ)やlactose(乳糖)など非ヴィーガンの原料が含まれていたと主張しました[11]。和解命令では、製品がヴィーガンであるという虚偽または根拠のない表示を禁じています[11]。これはタトゥーインクの事件ではありません[11]。ただ、「vegan」という言葉が消費者保護のルールの対象になり得ることを示す例です。
表示を見る際には、次の点を確認してください。「ヴィーガン」と書かれていたら、その根拠が何かを見ます。民間マークが付いているか、原料一覧が公開されているか、です。次に、それとは別の項目として、メーカーがEU基準への適合を表明しているか、SDSを公開しているかを見ます。前者は原料の由来、後者は含まれる化学物質の情報です。原料の由来と化学物質の情報を、それぞれ確認しましょう。
inklyで確認できるインクの情報
inklyでは、メーカーがEUのREACH規制への適合を表明し、SDSを公開している製品として、カラー用のIntenze GEN-Zと黒用のDynamic Union Blackを取り扱っています。ヴィーガン表示と、含まれる化学物質の情報は別に確認する必要があります[1, 2, 9]。EU基準への適合表明とSDS公開だけで、安全性全体が保証されるわけではありません。
Intenze GEN-Zは全色の取り扱いではないため、希望する色がある方は事前に確認してください。動物由来の原料を避けたい場合も、予約時に希望を伝え、使用予定の製品についてメーカーの説明や認証を確認しましょう。SDSの提示もご相談いただけます。
よくある質問
「ヴィーガン」と書かれたタトゥーインクは安全ということですか?
別の話です。ヴィーガン表示は動物由来原料の不使用などを示しますが、具体的な条件は表示や認証制度ごとに確認が必要です。EUのREACH規制が扱う有害な化学物質の種類・濃度やラベル表示とは、確認する項目が異なります。メーカーの適合表明やSDSは判断材料になりますが、感染やアレルギーを含む安全性全体を保証するものではありません。
ヴィーガン表示を審査している公的機関はありますか?
EUのREACH附属書XVII Entry 75の本文にも、米国FDAのタトゥーインクの説明ページにも、「vegan」の定義や第三者認証の義務は書かれていません。表示の審査は、The Vegan SocietyのVegan Trademarkなどの民間制度があります。PETAでは、動物実験をしないcruelty-freeと、動物由来成分も使わないcruelty-free and veganを区別して確認してください。
SDSを公開しているインクなら、ヴィーガンだと考えてよいですか?
SDSは有害性、取り扱い、廃棄、応急措置などをまとめた文書で、ヴィーガン認証書ではありません。ヴィーガンかどうかは、メーカーの原料一覧や民間マークの有無で別に確認します。
inklyではヴィーガンインクを使えますか?
動物由来の原料を避けたい場合は、予約時に希望を伝え、使用予定の製品の情報を確認してください。inklyではIntenze GEN-Zの一部カラーとDynamic Union Blackを取り扱い、SDSの提示もご相談いただけます。メーカーのREACH適合表明やSDSだけではヴィーガンかどうかは決まらないため、原料の由来や認証は別に確認します。
参考文献
[1]. European Commission. Commission Regulation (EU) 2020/2081 amending Annex XVII to REACH as regards substances in tattoo inks or permanent make-up. (EUR-Lex, Official Journal of the European Union, 2020). リンク
[2]. European Chemicals Agency. Tattoo inks and permanent make-up. (European Chemicals Agency, ECHA, n.d.). リンク
[3]. U.S. Food and Drug Administration. Tattoos, Temporary Tattoos & Permanent Makeup. (U.S. Food and Drug Administration, FDA, n.d.). リンク
[4]. U.S. Food and Drug Administration. 通知・構造/機能表示等に関するよくある質問. (U.S. Food and Drug Administration, FDA, n.d.). リンク
[5]. 農林水産省. ベジタリアン又はヴィーガンに適した加工食品の日 JAS規格案に関するパブリックコメント募集結果. (農林水産省, 2022). リンク
[6]. 消費者庁. 表示規制の概要. (消費者庁, n.d.). リンク
[7]. The Vegan Society. Vegan Trademark Standards. (The Vegan Society, n.d.). リンク
[8]. People for the Ethical Treatment of Animals. About PETA’s Ultimate Cruelty-Free List. (PETA, n.d.). リンク
[9]. European Chemicals Agency. Safety data sheets. (European Chemicals Agency, ECHA, n.d.). リンク
[10]. Quantum Tattoo Ink. REACH SDS. (Quantum Tattoo Ink, n.d.). リンク
[11]. Federal Trade Commission. Truly Organic? The FTC Says No, Alleges Retailer Misled Consumers about Its Products. (Federal Trade Commission, FTC, 2019). リンク
Medical Supervisor

須賀 公佑すが・こうすけ
医師・認定産業医
株式会社デルマト 代表取締役
慶應義塾大学医学部を卒業後、A.T.カーニーで戦略コンサルタントとして、国内外の医療・エンタメ・エネルギーなど多くの業界のプロジェクトに携わりました。2024年に、日本初の医療連携タトゥースタジオ「inkly tattoo」を設立しました。
タトゥーが「自己表現の手段」として自由に選ばれる社会を目指し、麻酔クリームの扱いや衛生管理など、医学の知識にもとづいた安心・安全な施術環境を整えています。日本で、タトゥーに医学・科学の立場から取り組む第一人者です。
