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    タトゥー知識読了 約16分

    タタウからサイバーシジリズムへ、トライバルタトゥーが歩んだ道

    「タトゥー」の語源タタウから、サモア・マオリ・北米先住民・イヌイットの伝統、そして現代のサイバーシジリズムまで。世界各地の身体装飾の歴史と意味を、一次資料に沿ってたどります。

    須賀 公佑 医師Medically Supervised監修:須賀 公佑 医師inklinic代表
    目次

    「タトゥー」という言葉は、もともと英語ではありませんでした。そのルーツは、南太平洋の島々で使われてきた tatau にあります。サモアやマオリ、北米先住民、イヌイットまで、各地のトライバルタトゥーには長い歴史と固有の意味があります。現代のサイバーシジリズムまでを地続きに眺めながら、文化の継承と美学の広がりをたどっていきます。

    出典: https://www.tattoostime.com/

    「タトゥー」という言葉はどこから来たのか

    いま当たり前のように使う「タトゥー」という言葉は、もともと英語ではありませんでした。語源はポリネシア諸語の tatau(タタウ)です。タヒチ語やサモア語などで使われ、皮膚を打つ、刺して印を入れる、といった行為を指す言葉でした[1]。1769年、イギリスの探検家ジェームズ・クック船長がエンデバー号で南太平洋を航海し、タヒチで現地の身体装飾を目にしました。これが、この言葉が西洋に伝わるきっかけになったとされています[1]。

    当時の航海記には、皮膚に黒い顔料を打ち込んでいく現地の習慣が、驚きとともに記録されています。クックの一行はこの行為を tattow と書き留め、やがて綴りが tattoo へと整っていきました[1]。この出会いは、英語圏で tattoo という言葉が広く記録され、流通していく重要な契機になりました[1]。私たちが普段使う単語の背景には、すでに長い島々の歴史が織り込まれています。


    サモアのタタウ、長く続く実践

    サモアでは、男性が腰から膝までを覆う pe'a(ペア)と、女性が太ももを中心に入れる malu(マル)が、いまも続く伝統として受け継がれています[2, 3]。ただの装飾ではなく、家族や地域社会への責任を背負う通過儀礼として位置づけられてきました。タタウを入れることは、共同体に対して自分の役割を引き受ける宣言に近い行為です[2]。19世紀の植民地時代には、宣教師や行政によってタタウが何度も禁じられそうになりました。それでもサモアの人々は実践を絶やさず、家族や村のなかで技術を伝え続けてきました[3]。サモアのタタウは、太平洋の伝統的な身体装飾のなかでも、もっとも連続性を保ってきた実践の一つとされています[2, 3]。

    近年の学術研究や展覧会でも、その歴史的な厚みが紹介されています。ユタ美術館で開かれた「Tatau: Marks of Polynesia」は、tufuga tā tatau(タタウの職人)たちの仕事と道具を取り上げ、現代の若い世代へつながる流れを見せました[4]。3000年とも言われる長い実践が、いまも生きた文化として続いていることは、世界のタトゥー史を考えるうえで欠かせません[2, 3]。


    マオリのタ・モコと、kirituhi という呼び名

    ニュージーランドの先住民マオリのあいだで受け継がれてきたのが、タ・モコ(tā moko)と呼ばれる伝統的な彫りの文化です。海鳥の骨などで作られた uhi(ウヒ)と呼ばれるノミを使い、皮膚に細い溝を刻みながら wai ngārahu という黒い顔料を入れていきます[6, 7]。針で点を打つ現代のタトゥーとは異なり、皮膚そのものに彫刻のような筋が残るのが特徴です。

    タ・モコのなかでも、顔は特に神聖な部分とされてきました。男性は顔全体、女性は顎を中心に入れる moko kauae(モコ・カウアエ)が伝統的な形です[7, 8]。moko kauae は祖先とのつながりや、家族のなかでの女性の役割を示すものとされ、近年も復興の動きが続いています[8]。タ・モコは、mana(威信)や社会的な役割、系譜やアイデンティティと結びつけて語られてきました[7]。ただし、一本一本の線や曲線の意味は、地域や時代、彫り手によって異なります。形だけを見て単純に読み替えられるものではありません[7]。

    なお、マオリの系譜に属さない人が同じデザインを身につけることは、文化的に微妙な問題を含みます。一部のマオリのアーティストや解説では、系譜(whakapapa)を伴うタ・モコと、マオリ風の装飾である kirituhi(キリトゥヒ、「皮膚に書かれたもの」の意)を区別すると説明されています。見た目は似ていても、両者は別のものとして扱われることがあります。


    サメの歯(niho mano)が語るもの

    ポリネシアのタトゥーで頻繁に見かける図柄の一つに、サメの歯を表した niho mano(ニホ・マノ)があります。三角形を連ねたシンプルな形ですが、込められる意味は一つではありません。あるシンボル解説では、強さ、機転(guile)、守り、導きといった象徴性が説明されています[5]。同じサメの歯でも、誰がどの場所に入れるかで意味あいは変わっていきます。文化のなかで共有されながらも、個々の人生に応じて読み取り方が変わっていく柔らかさが、ポリネシアのモチーフには備わっています。

    ここから見えてくるのは、図柄を辞書のような単語として扱う発想とは違う考え方です。形だけを取り出して「これはこういう意味」と言い切ってしまうと、本来の豊かさからは離れてしまいます。モチーフは、置かれた文脈や身につける人の背景と一緒になって、はじめて意味を持ちます。


    メラネシアと西部オセアニアの身体装飾

    太平洋の身体装飾はポリネシアだけのものではありません。オックスフォード大学ピット・リバーズ博物館の Body Arts プロジェクトは、メラネシアにも独自のタトゥー文化が広がっていたことを記録しています[9]。ソロモン諸島ニュージョージア島では、顔に入れられた幾何学的なタトゥーと、musumusu と呼ばれる木彫りの彫像に見られる紋様とが、よく似た形を共有していたといいます[9]。

    西部オセアニアのウラワ島などでは、タトゥーが通過儀礼や来世への信仰と結びついていた事例も報告されています[12]。人生の節目に印を入れることで、共同体での立場や死後の世界での扱いが定まると考えられていました。身体に残された印は、生きているあいだだけのものではなかったのです[12]。研究者ラース・クルタクが整理しているように、太平洋地域のタトゥーは島ごと、集落ごとに技法も意味も大きく異なっていました[12]。ポリネシアの華やかな図柄ばかりが知られがちですが、メラネシアや西部オセアニアにも長い伝統が積み重なっています[9, 12]。


    北米先住民が受け継いできたタトゥー

    北米大陸に目を向けると、ここにもタトゥーの長い歴史があります。研究者ラース・クルタクの調査によれば、北米大陸のほぼ全域で、何らかの形でタトゥーの実践が確認されてきました[10]。寒冷地から砂漠地帯まで、多くの先住民文化が皮膚に印を入れる習慣を持っていたとされています[10]。目的も装飾だけではありませんでした。スミソニアン協会の解説によれば、北米先住民のタトゥーは、痛みや病気を治すための治療として用いられた例が知られています[11]。痛みのある箇所に印を入れる、といった具体的な使い方も記録されています[10, 11]。

    道具やモチーフ、入れる場面も文化ごとに違いました。動物の骨や植物の棘を使う地域もあれば、煤を顔料にする地域もあります[10]。それぞれの土地で工夫が重ねられてきた事実は、北米先住民のタトゥーを一つの型でまとめてしまうことの難しさを教えてくれます。


    イヌイットのカキニートと、復興のいま

    北極圏に暮らすイヌイットの女性たちには、カキニート(kakiniit)と呼ばれる伝統的な顔や手のタトゥーが受け継がれてきました。少女から成人へ、母になる時期へ、と人生のステージが移るたびに、新しい印が加えられていく文化です[13]。家族や祖先との物語が、皮膚の上に少しずつ書き重ねられていきます[13]。しかし19世紀以降、キリスト教の宣教師や植民地行政によってカキニートは強く抑圧されました。一度はほとんど途絶えかけ、印を持つ高齢女性が亡くなっていくなかで、文化の連続性が危うくなった時期もありました[13]。状況が変わり始めたのは2000年代以降で、若い世代のイヌイット女性たちが、祖母や曽祖母の写真をたどりながら自らの顔と手に印を取り戻す動きが広がっています[13]。

    デンマークに暮らすグリーンランド・イヌイットのコミュニティでも、同じような復興が報じられています。2024年の報道では、デンマーク在住のイヌイットのタトゥーアーティストが、コミュニティの人々に伝統的な意匠を施し、文化的なアイデンティティの回復を支えていると伝えられました[14]。ただしデンマークでは指、手、顔へのタトゥーが禁止されているため、実践は法の範囲内で身体の他の部位に限られます[14]。タトゥーが、過去を悼みながら未来を編み直す手段になっているのです[14]。


    サイバーシジリズムは伝統の延長線にあるのか

    ここ数年、SNSを中心に注目されているのがサイバーシジリズム(cybersigilism)と呼ばれるスタイルです。細い黒線で描かれる鋭い幾何学模様や、棘のようにとがった曲線、デジタル機器の不調を思わせる意匠を組み合わせる、ブラックワーク系の新しい潮流です[15, 16]。名前は、中世ヨーロッパで魔術的な記号を意味した sigil(シジル、印形)と、サイバー的な感覚をかけ合わせた造語です[16, 17]。一部の記事では、ブルックリンを拠点に活動するアーティスト Noel Garcia が2023年に sigilism という言い回しを使い始めたと説明されています[16]。トライバルタトゥーや Y2K 期のグラフィック、ゴシック表現などを参照しつつ、それらをデジタル世代の感覚で組み直したスタイルとして語られています[15, 17]。

    Z世代のあいだで広がっている背景には、サイバーパンク的な美意識や、オンラインで生まれるサブカルチャーへの親近感があると指摘されています[16, 17]。ポリネシアやマオリのような数千年単位の系譜とは違いますが、身体に記号を刻んで自分の世界観を示すという行為自体は、古い伝統と地続きの欲求を含んでいるのかもしれません。


    美学の継承と、文化的系譜の違い

    ここまで見てきたように、世界各地のトライバルタトゥーには、それぞれの土地の歴史と意味が積み重なっています。サモアのタタウやマオリのタ・モコの展示に触れると、図柄の背後に家族の物語や共同体の役割があることが分かります[4]。「似た見た目」をデザインとして借りることと、「文化的系譜」を受け継ぐことは、別の話として考える必要があります。マオリの実践のなかで、系譜を伴うタ・モコと、マオリ風の装飾である kirituhi が区別されることがあるのも、同じ考え方につながります。系譜の外にいる人が装飾を楽しめるように、開かれた呼び名が用意されてきたという説明です。この作法は、他の地域の伝統的なモチーフに触れるときの姿勢を考えるうえでも参考になります。

    気になるモチーフが出てきたら、まずは博物館や研究機関がまとめた資料に当たってみる、という習慣も助けになります。オックスフォード大学ピット・リバーズ博物館の Body Arts プロジェクトのように、世界各地の身体装飾を学術的に整理した資料は、誰でもオンラインで閲覧できます[18]。背景を知ったうえで自分が何に惹かれているのかを言葉にできると、デザイン選びはずっと豊かなものになります。


    まとめ

    「タトゥー」という言葉は、南太平洋の tatau から世界へ広がりました。サモア、マオリ、北米先住民、イヌイットの実践には、それぞれの土地の歴史と意味があります。symbol の意味は地域や家族、島によって変わり、固定された辞書のようには読み解けません。現代のサイバーシジリズムも、身体に記号を刻むという古い欲求と地続きにあります。背景を知り、敬意を持って向き合うことが、納得のいくデザイン選びの第一歩になります。


    参考文献

    [1] The Total Tattoo. 1769, Captain James Cook, tatau, and the Pacific Islands. https://thetotaltattoo.com/tattoo-history/1769-captain-james-cook-tatau-and-the-pacific-islands/

    [2] Sébastien Galliot, Sean Mallon (2018). Tatau: A History of Sāmoan Tattooing. Te Papa Press(ニュージーランド国立博物館). https://www.tepapa.govt.nz/about/te-papa-press/tatau-history-samoan-tattooing

    [3] Sébastien Galliot, Sean Mallon (2018). Tatau: A History of Samoan Tattooing. University of Hawai'i Press. https://uhpress.hawaii.edu/title/tatau-a-history-of-samoan-tattooing/

    [4] Tatau: Marks of Polynesia(展覧会)(2023). Utah Museum of Fine Arts. https://umfa.utah.edu/exhibition/tatau/

    [5] Roberto Gemori. Symbol: Shark Teeth (niho mano). Polynesian Tattoo Symbols. https://www.polynesiantattoosymbols.com/symbol-shark-teeth.html

    [6] Tāmoko | Māori tattoos: history, practice, and meanings. Te Papa Tongarewa(ニュージーランド国立博物館). https://www.tepapa.govt.nz/discover-collections/read-watch-play/maori/tamoko-maori-tattoos-history-practice-and-meanings

    [7] Tā moko – Māori tattooing. Te Ara: The Encyclopedia of New Zealand(NZ政府公式百科). https://teara.govt.nz/en/ta-moko-maori-tattooing

    [8] The Meaning of Ta Moko - Maori Tattooing. Australian Museum. https://australian.museum/about/history/exhibitions/body-art/the-meaning-of-ta-moko-maori-tattooing/

    [9] Melanesian Tattooing. Pitt Rivers Museum, University of Oxford(Body Arts プロジェクト). https://web.prm.ox.ac.uk/bodyarts/index.php/permanent-body-arts/tattooing/173-melanesian-tattooing.html

    [10] Lars Krutak (2014). Tattoo Traditions of Native North America. LM Publishers(Smithsonian Libraries 所蔵書誌). https://www.si.edu/object/siris_sil_1028380

    [11] Tattoos: Telling Stories in the Flesh. Smithsonian Institution. https://www.si.edu/stories/tattoos-telling-stories-flesh

    [12] Lars Krutak. The Art of Nature: Tattoo History of Western Oceania. larskrutak.com(研究者公式サイト). https://larskrutak.com/the-art-of-nature-tattoo-history-of-western-oceania/

    [13] In Ice and Skin: Inuit Kakiniit Birth, Death, and Revival. COMPASS(University of Alberta 査読誌). https://journals.library.ualberta.ca/compass/index.php/compass/article/view/101

    [14] Healing old wounds: The revival of Greenlandic Inuit tattoos in Denmark (2024). The World (PRX). https://theworld.org/stories/2024/01/09/healing-old-wounds-revival-greenlandic-inuit-tattoos-denmark

    [15] Cybersigilism. Monolith Studio Brooklyn. https://monolithstudio.com/tattoo-styles/cybersigilism

    [16] Cybersigilism. The Maroon(Loyola University New Orleans 学生新聞). https://loyolamaroon.com/10044383/the-wolf/cybersigilism/

    [17] Cyber sigilism tattoos: origins. Screenshot Media. https://screenshot-media.com/the-future/trends/cyber-sigilism-tattoos-origins/

    [18] Body Arts プロジェクト(プロジェクト全体). Pitt Rivers Museum, University of Oxford. https://web.prm.ox.ac.uk/bodyarts/

    Medical Supervisor

    須賀 公佑 医師

    須賀 公佑すが・こうすけ

    医師・認定産業医

    inklinic 代表 / 株式会社デルマト 代表取締役

    慶應義塾大学医学部卒業後、A.T.カーニーにて戦略コンサルタントとして国内外の医療・エンタメ・エネルギーなど多業界にわたるプロジェクトに従事。2024年、日本初の医療連携タトゥースタジオ「inkly tattoo」を設立。

    タトゥーが「自己表現の手段」として自由に選ばれる社会を目指し、麻酔による痛みの軽減や衛生管理など、医学的知見に基づいた安心・安全な施術環境を提供している。日本におけるタトゥーの医学的・科学的アプローチの第一人者。

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