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痛みの感じ方は人それぞれ、順位はつけられない
痛みは、本人だけが感じて言葉にできる主観的な体験です[3]。感覚の面と感情の面の両方を含むため、同じ針、同じ場所でも、感じ方は人ごとに変わります[3]。ライニングのほうが痛いと感じる人も、シェーディングのほうがつらいと感じる人もいます。一律の順位は付けられないため、ここでは感じ方が分かれる理由を体の仕組みから考えます。
タトゥーは、色素を皮膚の真皮という層に入れて、消えない模様を作る行為です[8]。線を引くときも、面を塗るときも、針が皮膚を何度も刺す点は共通しています。違うのは、針の本数と並び方、一か所に針が触れる時間、そして一度に入れる色素の量です[1]。こうした針の使い方の違いが、痛みの質や続き方にどう関わるかを考えます。体験談も紹介しますが、医学的な知見とは区別して扱います。
針は皮膚のどこまで届いているのか
皮膚は、外側から表皮、真皮、皮下組織の3層でできています[4]。厚さは部位で大きく違います。手のひらのように毛のない皮膚では、表皮が約1.5 mm、真皮が約3 mmあります[4]。一方、毛のある一般的な皮膚では、表皮は0.07 mm、真皮は1〜2 mmしかありません[4]。ラップ1枚ほどの薄い表皮の下に、色素を受け止める真皮がある、と想像すると分かりやすいです。皮下脂肪の厚さも、部位ごと、人ごとに違います[4]。
真皮には神経が豊かに通っています[4]。皮膚にある自由神経終末という神経の先端は、痛みや圧を感じ取ります[4]。タトゥーの針は、この真皮に色素を届けます[8]。ヒトの皮膚を再現した実験モデルでは、繰り返す針の刺入で表皮が破れ、色素は針の通り道に沿って表皮と真皮に沈着していました[2]。この結果は、針が真皮まで届く経路を示していますが、すべての刺入が毎回同じ深さに達するとは限りません。届く深さは部位や皮膚の伸び方、施術者やマシンの設定によって変わります[2]。どの技法でも目指す層は真皮で、違いは「どんな針で、どう触れるか」にあります。
線を引くライニングで皮膚に何が起きているか
輪郭線を引くライニングでは、ラウンドライナー(RL)という針がよく使われます。RLは針先を円形に密にまとめたもので、1回のストロークで鮮明な線を引くのに向いています[1]。針1本の太さは、#12で0.35 mm、#10で0.30 mm、#8で0.25 mmです[1]。シャープペンシルの芯(0.5 mm)より細い針が、数本まとまって皮膚に入る、と考えると大きさの感覚がつかめます。細い針が一点に集まるので、刺激は狭い範囲に集中します。
ライニングを受けた人の体験談では、「鋭い」「切られるよう」という言葉が出ることがあります。これは個人の表現で、全員がそう感じるわけではありません。痛みを伝える神経のうち、Aδ線維は直径約5 μm、伝導速度は秒速35 mで、最初に来る鋭くて場所のはっきりした痛みを担うことが知られています[3]。これは痛みの神経に関する一般的な生理学の知見であり、ライニングで使う針がこの神経を優位に刺激することを直接調べた研究ではありません。密にまとまった針が線状に進むことと、Aδ線維が鋭い痛みを担うことは、それぞれ別の知見であり、ライニングの感じ方を直接説明するものではありません。
面を埋めるシェーディングとカラーの塗り込み
影や濃淡をつけるシェーディングでは、ラウンドシェーダー(RS)などが使われます。RSは針先どうしの間隔が0.2〜0.4 mmと、ライナーよりゆとりがあります[1]。そのぶん柔らかいストロークで色素を入れられます[1]。色をしっかり埋めるカラーの塗り込みでは、マグナムと呼ばれる針が使われます。針を千鳥や平行に並べたマグナム(M1、M2)は、1ストロークで入る色素の量を増やします[1]。線を「引く」道具に対して、面を「塗る」道具です。面をどう動かして埋めるかは、デザインとアーティストで変わります。
体験談では「熱い」「こすられるよう」という表現を聞くことがあります。これも個人の言い方で、そう感じない人もいます。痛みを伝える神経には、遅いC線維もあります。直径約2 μm、伝導速度は秒速0.5 mで、後から来る鈍くて場所のぼやけた痛みを担うとされています[3]。皮膚の侵害受容器(痛みのセンサー)は、繰り返し刺激されると活動が増え、反応する境目が下がることも知られています[3]。これらは痛みの神経に関する一般的な知見で、シェーディングやカラーの塗り込みが実際にライニングより「熱さ」や「広がる痛み」を多く生むかどうかを比較検証したものではありません。技法、施術時間、範囲、マシン設定、皮膚の状態は同時に変わるため、感じ方の違いを一つの仕組みだけで説明することはできません。
施術が長くなると感じ方はどう変わるのか
大きな作品では、輪郭、影、色、白いハイライトのように、複数の工程が一日のうちに重なります。どの順番で進めるかはアーティストの施術設計で、作品ごとに違います。工程が進むにつれ、同じ皮膚に針の刺激が重なっていきます。侵害受容器は繰り返し刺激されるほど反応しやすくなります[3]。そのため、同じ強さの刺激でも、後半のほうがこたえると感じる人がいます。
皮膚の側でも変化が起きています。ヒトの皮膚を再現した3次元モデルでタトゥーを施した実験では、炎症性マーカーが施術24時間後と48時間後に高くなり、4日後と7日後には低下していました[2]。これは実験室内のモデルの結果であり、実際のヒトの回復の経過をそのまま示すものではありません。実際の合併症でも、急性の局所炎症が最も一般的とされています[8]。スウェーデンの調査では、タトゥーのある2,633人のうち40%が、施術後1か月以内に始まる赤み、腫れ、かさぶた、痛みなどの副反応を報告しました[7]。この調査は自己申告による症状の集計で、症状が施術中のどの時点から始まったか、それが感染やアレルギーと区別できる自然な反応かどうかまでは示していません。後半に残った工程は、こうした反応が起き始めている可能性のある皮膚の上で行われます。
同じ調査では、体に入っているタトゥーの総面積が手のひら5枚分を超える人は、手のひら1枚分未満の人と比べて、1か月以内に始まる副反応を報告するオッズが1.81倍、それ以降に始まる副反応では2.06倍でした[7]。色付きインクを使った人は、黒インクのみの人より副反応を報告するオッズが高い傾向もありました[7]。これは一つの作品の大きさや症状の強さを比べた結果ではありません。一度に進めるか、複数回に分けるかは、アーティストと相談できます。
同じ技法でも感じ方が変わる要因
まず睡眠です。実験的に睡眠を減らして痛みを調べた31研究、健常者699人のメタ解析では、一晩眠らない完全な睡眠不足で、痛みを感じ始める境目と耐えられる程度が有意に下がりました[5]。差の大きさを示す効果量は0.74〜0.95でした[5]。眠る時間を一部削る部分的な睡眠不足でも、自発的な痛みの強さが上がり、効果量は0.30でした[5]。眠りが途切れる睡眠の分断では、痛覚過敏が増え、効果量は0.42〜0.79でした[5]。タトゥーの痛みを測った研究ではありませんが、前日の睡眠が当日の感じ方に関わる根拠になります。
次に不安です。不安感受性、つまり不安の身体感覚を怖いと感じやすい性質と痛みの関係を調べたメタ解析があります。41研究、参加者5,908人(臨床痛の研究2,093人、それ以外の研究3,815人)を集めた結果、不安感受性は痛みを「恐ろしいもの」と評価する傾向と強く関連していました[6]。一方、痛みを感じる境目や耐えられる程度との関連は、それより小さいものでした[6]。同じ刺激でも、怖いと感じている人ほど痛みの評価が重くなりやすい、と読めるデータです。
体の条件も一様ではありません。皮膚の厚さは部位で違い、皮下脂肪の厚さは部位間でも個人間でも異なります[4]。痛みには皮膚の厚さに加え、神経の分布、骨との距離、施術面積、体調などが関わります。道具の側でも、針の本数、太さ、テーパー(先端の細り方)、マシンの電圧、手を動かす速さが、組織への負荷に関わります[1]。同じ「シェーディング」という言葉でも、アーティストごとに針と設定が違い、感じ方が変わる理由はここにあります。
痛みの質を知っておくと当日どう役立つか
技法ごとの感じ方に幅があることを知っておくと、当日の自分の状態を言葉にしやすくなります。「線のときは大丈夫でしたが、面に入ってから急にこたえます」と伝えられれば、アーティストは休憩のタイミングや進め方を考えやすくなります。つらいときは我慢せず、早めに休憩を相談してください。
準備としてできることもあります。前日にしっかり眠ることは、痛みの感じやすさを上げないための現実的な対策です[5]。不安が強い人ほど痛みを恐ろしく評価しやすいというデータもあります[6]。不安がある場合は、使う針や施術の順番、休憩の取り方を事前に聞いておきましょう。作品ごとに施術設計は違うので、気になることは予約時にご相談ください。当日の流れも含めて、一緒に決めていきましょう。
よくある質問
ラインとシェーディングはどちらが痛いですか?
どちらが痛いかを決められる研究はありません。痛みは本人だけが感じる主観的な体験で、同じ技法でも人によって感じ方が変わります。線には針を密にまとめたライナー、面には間隔のある針やマグナムが使われ、皮膚への触れ方が違うため、痛みの質や続き方が変わります。
タトゥーの痛みが人によって違うのはなぜですか?
皮膚の厚さは部位や人で違い、神経の分布も一様ではありません。睡眠不足は痛みの感じやすさを上げることがメタ解析で示されています。不安を強く感じやすい人は痛みを恐ろしく評価しやすい傾向もあります。針の本数や太さ、マシンの設定、手の速さも皮膚への負荷に関わります。
長い施術の後半のほうが痛く感じるのは普通ですか?
皮膚の痛みのセンサーは繰り返し刺激されると反応しやすくなります。施術中から炎症反応も始まっているため、後半にこたえると感じる人はいます。つらいときはアーティストに早めに伝え、休憩や回数分けを相談してください。
痛みが不安な場合、予約前に何をすればいいですか?
前日にしっかり眠ること、気になる点を予約時に質問しておくことが役立ちます。どの技法をどの順番で進めるかはアーティストの設計で作品ごとに違うので、当日の流れも含めてご相談ください。
参考文献
[1]. Poli International. Tattoo Needle Selector. (Poli International, 年不明). リンク
[2]. Kirsten Reddersen, Deborah Maria Gregersen, Jörg Tittelbach, Cornelia Wiegand. Tattooed human in vitro skin model for testing the biocompatibility of tattoo inks and healing progression after tattooing. (Scientific Reports, 2025). doi:10.1038/s41598-025-86813-2. リンク
[3]. Reynolds G. Jarvis. Pain and Sensory Perversions. (NCBI Bookshelf/Clinical Methods, 3rd edition, 1990). リンク
[4]. National Institutes of Health. Information about the Musculoskeletal and Skin Systems. (National Institutes of Health/NCBI Bookshelf, 2007). リンク
[5]. Jeremy R. Chang, Siu-Ngor Fu, Xun Li, Shirley X. Li, Xiaoyue Wang, Zhixing Zhou, Sabina M. Pinto, Dino Samartzis, Jaro Karppinen, Arnold Y. L. Wong. The differential effects of sleep deprivation on pain perception in individuals with or without chronic pain: A systematic review and meta-analysis. (Sleep Medicine Reviews, 2022). doi:10.1016/j.smrv.2022.101695. リンク
[6]. Kendra L. S. Ocañez, R. Kathryn McHugh, Michael W. Otto. A meta-analytic review of the association between anxiety sensitivity and pain. (Depression and Anxiety, 2010). doi:10.1002/da.20681. リンク
[7]. Emelie Rietz Liljedahl, Thomas Rustemeyer, Anna Saxne Jöud, Christel Nielsen. Self-reported side effects of tattooing: a cross-sectional study in the Swedish TABOO cohort. (BMJ Public Health, 2026). doi:10.1136/bmjph-2026-005480. リンク
[8]. Parvez S Islam, Christopher Chang, Carlo Selmi, Elena Generali, Arthur Huntley, Suzanne S Teuber, M Eric Gershwin. Medical Complications of Tattoos: A Comprehensive Review. (Clinical Reviews in Allergy & Immunology, 2016). doi:10.1007/s12016-016-8532-0. リンク
Medical Supervisor

須賀 公佑すが・こうすけ
医師・認定産業医
株式会社デルマト 代表取締役
慶應義塾大学医学部を卒業後、A.T.カーニーで戦略コンサルタントとして、国内外の医療・エンタメ・エネルギーなど多くの業界のプロジェクトに携わりました。2024年に、日本初の医療連携タトゥースタジオ「inkly tattoo」を設立しました。
タトゥーが「自己表現の手段」として自由に選ばれる社会を目指し、麻酔クリームの扱いや衛生管理など、医学の知識にもとづいた安心・安全な施術環境を整えています。日本で、タトゥーに医学・科学の立場から取り組む第一人者です。
