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針は1秒に何十回も上下している
タトゥーマシンの針は、目で追えないほど速く動いています。人のタトゥーの皮膚を顕微鏡で調べた研究の本文には、インクを付けて振動する針が、1秒間に約100回の範囲で皮膚を刺すと書かれています[1]。メーカーの公式取扱説明書によると、ペン型マシン「HAWK Pen 2」は、針が皮膚を刺す回数を50〜150Hz、つまり1秒間に50〜150回の範囲で調整できます[4]。別の研究の背景説明では、現代のマシンは電磁力で針を繰り返し出し入れし、毎分数千回までの高頻度で物質を皮膚に置く、とも述べられています[8]。
1回の上下で起きていることは、意外と単純です。針が下がるとき、先端が皮膚の表面にごく小さな穴を開けます。針が抜けた直後、穴のまわりにあるインクが、毛細管現象(細いすき間に液体が自然に吸い込まれる現象)によって穴の中へ吸い込まれます[10]。この「穴を開けて、インクを吸い込ませる」という動作を、彫師が手を動かしながら数え切れない回数くり返します。点が集まって線になり、線が集まって面になります。これがタトゥーの基本の仕組みです。
インクは「注入」ではなく穴に吸い込まれて入る
タトゥーの針は、注射針とは別の道具です。注射針のように中が空洞の管になっていて、インクが内側を通って押し出されるわけではありません。取扱説明書には、マシンを動かした状態で使用直前に針先をインクへ2〜3秒浸すと、針がインクを吸い上げる、と書かれています[4]。針に付いたインクは、針を刺した場所の皮膚の表面にも付きます。針が抜けると、開いた穴のまわりにあるこのインクが、毛細管現象で穴の中へ吸い込まれます。タトゥーマシンの針をゲルに刺す様子を高速カメラで撮影した実験でも、針が抜けたあとに、穴のまわりの液体が毛細管の力で穴の中へ引き込まれる様子が示されています[10]。
2025年に発表された論考では、これまでの文献をもとに、注射とタトゥーの力学の違いが検討されています。そのうえで、タトゥーを注射の過程として説明すべきではない、と結論されています[9]。この記事でも「インクを注入する」とは言わず、「針の反復穿刺によって顔料を真皮側へ導入する」という言い方をします。言葉の違いに見えるかもしれません。しかし、針が何をしているのかを正しく思い描くための、大切な違いです。

表皮と真皮の境目はどのくらいの深さにあるのか
皮膚は、いちばん外側の表皮と、その下にある真皮に分かれます。表皮はとても薄く、厚さはミリではなくマイクロメートル(µm、1mmの1000分の1)の単位で測られます。健康な人の皮膚の組織を測った56本の論文の結果を、まとめて計算し直した分析(メタ解析)があります。全部位を合わせた表皮の厚さの推定値は99.75µmでした。推定のぶれを考えた範囲(95%信頼区間)は、83.25〜116.25µmです[3]。おおよそ0.1mm、紙1枚ほどの厚さです。著者らは、表皮の厚さの定義や標本の作り方が研究ごとに違い、ばらつきが大きいことも、この分析の弱点として挙げています[3]。
さらに、表皮の厚さは体の場所によって変わります。71人の前腕の外側、肩、お尻から、皮膚を少し切り取って調べた研究があります。角層(皮膚のいちばん表面の層)を除いた表皮の厚さの平均は、順に56.6µm、70.3µm、81.5µmでした[2]。その上にある角層の平均は、順に18.3µm、11.0µm、14.9µmです[2]。著者らは、厚さの違いは主に体の部位によるもので、偶然とは考えにくい個人差もみられたと報告しています[2]。先ほどのメタ解析でも、手のひらと足の裏は表皮がもっとも厚い部位でした[3]。だから「境目は表面から何mm」と、一つの数字で示すことはできません。
深さの目安は「表皮を越えた真皮の浅い層」
人のタトゥーの皮膚を調べた研究の本文には、針が皮膚表面から1.5〜2mmの深さ、表皮を越えた真皮乳頭層(真皮のいちばん浅い層)に顔料を置く、と書かれています[1]。別の研究は背景説明として、針の到達深さを数百µmから約2mmまでとする既存の文献を引用しています[8]。表皮が約0.1mmだとすると、1.5〜2mmという数字はその十数倍にあたります。針が目指しているのは表皮そのものではなく、その下にある真皮の浅い部分だと分かります。
ここで気をつけたいのは、この数字が一律の正解ではないことです。文献によって書かれている深さの幅は違い、対象となる機器や測り方の前提も同じではありません。「真皮の浅い層を目指すときに、文献で示される目安の一つ」として受け取るのが正確です。深く入れすぎると、取扱説明書が注意するように皮下脂肪組織に達して損傷するおそれがあります[4]。浅すぎれば顔料は表皮にとどまり、次の節で説明するように数週間で剥がれて消えてしまいます。
表皮だけに入ったインクが数週間で消えるわけ
表皮は、常に生まれ変わっている組織です。これまでの研究をまとめた論文によると、人の表皮では、基底層(表皮のいちばん下の層)を出た細胞が皮膚の表面から剥がれ落ちるまでに、約4週間かかります[6]。表皮は、細胞が分裂して増えることと、剥がれ落ちることが釣り合って保たれています[6]。ベルトコンベアのように、下で生まれた細胞が上へ運ばれ、最後はアカとなって落ちていくイメージです。表皮にとどまった色素は、このコンベアに乗って一緒に運び出されてしまいます。
実際に傷が治っていく経過も、この説明と合っています。2024年に発表された、これまでの研究をまとめた論文があります。そこには、施術後2〜3週間でタトゥーは少しずつ治り、表皮に残ったインクは外側の層が剥がれる過程で失われる、と書かれています[7]。1987年の研究では、施術の24時間後から40年後までの人の皮膚を採って、電子顕微鏡で観察しました。インクを入れてから完全に治るまでの期間は、約1か月とされました[5]。そして皮膚が正常な構造に戻った段階では、インク粒子は真皮の線維芽細胞(皮膚の線維をつくる細胞)の中にだけ認められています[5]。
つまり、剥がれ落ちる表皮に残った分だけインクは失われ、真皮に届いた分だけが絵として残ります。真皮に置かれた顔料がなぜ何十年も残り続けるのか、その仕組みは別の記事「なぜ一生消えないのか、顔料が真皮に残る仕組み」で詳しく説明しています。この記事では、針の動きと深さに話を絞って進めます。

彫師は針の出し量をどう決めているのか
針が先端からどれだけ出ているかは、マシン側で調整します。ペン型マシンの取扱説明書では、グリップを回して針の出し量を変えると書かれています[4]。そして針を刺す頻度は、施術を受ける人の皮膚の状態、針の出し量と実際に針が入る深さ、手を動かす速さに合わせるよう指示されています[4]。つまり実際の深さは「設定値」だけでは決まりません。皮膚の状態と、彫師の手の速さが合わさって、はじめて実際に針が入る深さが決まります。
説明書は、針の出し量が大きすぎると皮下脂肪組織に達して損傷するおそれがあるため、低い出し量から始めるよう注意しています[4]。彫師が施術中に針先と皮膚を見つめ、手の速さを変え、設定を小さく動かすのは、こうした理由からです。部位や皮膚の厚さが違えば、同じ設定でも入り方は変わります。ここが「深さを一つの数字で言えない」理由であり、同時に経験が生きるところです。
手彫りとマシンで針の入り方は違うのか
先ほどの2024年の論文では、手彫りは一本の針で皮膚を刺してインクの点を作る方法として書かれています[7]。1回ずつ手で針を刺し、点を重ねて線や面にしていく方法です。一方マシンは、1秒間に数十回から100回を超える頻度で針が上下します[1, 4]。1秒あたりに針を刺す回数が大きく違うことが、まず目に見える差です。手彫りは1点ずつ、マシンは連続して、という進め方の違いが、仕上がりの風合いや施術時間にも表れます。
ただし、どちらの方法でも目指している層は同じです。表皮を越えた真皮の浅い部分に顔料を置く、という目標は変わりません。深さや痛みの感じ方は、方法そのものより、部位や皮膚の状態、そして彫師の技術によって変わります。手彫りとマシンのどちらが自分の希望するデザインや部位に向いているかは、カウンセリングの場で相談してください。
施術前に知っておくと安心なこと
針の動きと深さを知ると、施術中に起きていることが想像しやすくなります。針は1秒に何十回も上下して皮膚に小さな穴を開け、針が抜けた直後に、穴のまわりのインクが穴の中へ吸い込まれます。表皮に残った分は数週間で剥がれ、真皮に届いた分が絵として残ります。彫師が低い出し量から始め、皮膚の状態と手の速さに合わせて調整するのは、この層に顔料を正しく届けるためです。見えない動きの中身が分かれば、施術台の上で感じる不安はずっと小さくなります。
「自分の入れたい部位は皮膚が薄いけれど大丈夫?」「痛みはどのくらい?」といった疑問は、予約時やカウンセリングの場で遠慮なく聞いてください。部位や皮膚の状態に合わせた針の出し量や進め方は、当日に担当の彫師がご案内します。仕組みを知ったうえで受けるタトゥーは、納得の度合いが違います。この記事が、その最初の一歩になればうれしいです。
よくある質問
タトゥーの針は1秒間に何回動きますか?
人のタトゥーの皮膚を調べた研究では、1秒間に約100回の範囲とされています。メーカーの取扱説明書では、ペン型マシンの針が刺す回数を50〜150Hz(1秒間に50〜150回)で調整できると記載されています。
タトゥーの針は皮膚のどこまで入りますか?
文献では、皮膚表面から1.5〜2mm、表皮を越えた真皮の浅い層へ顔料を置くと記載されています。ただし部位や皮膚の状態で変わるため、一律の正解ではなく目安の一つです。
表皮だけに入ったインクはなぜ消えるのですか?
表皮の細胞は約4週間で表面から剥がれ落ちるため、表皮にとどまった色素は一緒に失われます。施術後2〜3週間の治癒の過程で、表皮に残ったインクは外層とともに剥がれていきます。
手彫りとマシンで針の入り方は違いますか?
手彫りは一本の針で1回ずつ皮膚を刺してインクの点を作る方法で、マシンは1秒間に数十回以上針が上下します。どちらも目指す層は真皮の浅い部分で、深さや痛みは部位や皮膚の状態、彫師の技術で変わります。
参考文献
[1]. Colin A. Grant, Peter C. Twigg, Richard Baker, Desmond J. Tobin. Tattoo ink nanoparticles in skin tissue and fibroblasts. (Beilstein Journal of Nanotechnology, 2015). doi:10.3762/bjnano.6.120. リンク
[2]. Jane Sandby-Møller, Thomas Poulsen, Hans Christian Wulf. Epidermal thickness at different body sites: relationship to age, gender, pigmentation, blood content, skin type and smoking habits. (Acta Dermato-Venereologica, 2003). doi:10.1080/00015550310015419. リンク
[3]. Haoming Xu, Maira Fonseca, Zachary Wolner, Esther Chung, Xinyuan Wu, Shamir Geller, Stephen W. Dusza, Antonio P. DeRosa, Ashfaq A. Marghoob, Klaus J. Busam, Allan C. Halpern, Michael A. Marchetti. Reference values for skin microanatomy: A systematic review and meta-analysis of ex vivo studies. (Journal of the American Academy of Dermatology, 2017). doi:10.1016/j.jaad.2017.06.009. リンク
[4]. MT.DERM GmbH. HAWK Pen 2 Operating Instructions. (Cheyenne / MT.DERM GmbH, n.d.). リンク
[5]. P. J. Lea, A. Pawlowski. Human tattoo. Electron microscopic assessment of epidermis, epidermal-dermal junction, and dermis. (International Journal of Dermatology, 1987). doi:10.1111/j.1365-4362.1987.tb00590.x. リンク
[6]. Elaine Fuchs. Epithelial Skin Biology: Three Decades of Developmental Biology, a Hundred Questions Answered and a Thousand New Ones to Address. (Current Topics in Developmental Biology, 2016). doi:10.1016/bs.ctdb.2015.11.033. リンク
[7]. Beatrice Bălăceanu-Gurău, Eliza Apostol, Mădălina Caraivan, Ana Ion, Raluca Tatar, Mara Mădălina Mihai, Liliana Gabriela Popa, Cristian-Dorin Gurău, Olguța Anca Orzan. Cutaneous Adverse Reactions Associated with Tattoos and Permanent Makeup Pigments. (Journal of Clinical Medicine, 2024). doi:10.3390/jcm13020503. リンク
[8]. Song Li, Youngeun Kim, Jeong Woo Lee, Mark R. Prausnitz. Microneedle patch tattoos. (iScience, 2022). doi:10.1016/j.isci.2022.105014. リンク
[9]. Sasha Noble, Kelli Moseman, Selina Medina, Guy K. German, John Swierk. Is Tattooing an Injection? Evaluating the Mechanics of Ink Placement. (Acta Biomaterialia, 2025). doi:10.1016/j.actbio.2025.08.055. リンク
[10]. Idera Lawal, Pankaj Rohilla, Jeremy Marston. Visualization of drug delivery via tattooing: effect of needle reciprocating frequency and fluid properties. (Journal of Visualization, 2022). doi:10.1007/s12650-021-00816-5. リンク
Medical Supervisor

須賀 公佑すが・こうすけ
医師・認定産業医
株式会社デルマト 代表取締役
慶應義塾大学医学部卒業後、A.T.カーニーにて戦略コンサルタントとして国内外の医療・エンタメ・エネルギーなど多業界にわたるプロジェクトに従事。2024年、日本初の医療連携タトゥースタジオ「inkly tattoo」を設立。
タトゥーが「自己表現の手段」として自由に選ばれる社会を目指し、麻酔クリームの扱いや衛生管理など、医学的知見に基づいた安心・安全な施術環境を提供している。日本におけるタトゥーの医学的・科学的アプローチの第一人者。
