目次
麻酔クリームはどうやって痛みを止めるのか
タトゥー向けの麻酔クリームには、リドカインなどの局所麻酔薬を主成分とするものがあります。日本で処方箋医薬品として承認されているエムラクリームの場合、1g中にリドカイン25mgとプロピトカイン25mgが含まれています[1]。痛みは、皮膚で生まれた電気信号が神経を通って脳へ届くことで感じます。局所麻酔薬は、この信号の通り道であるナトリウムチャネルという細胞膜上の入り口を一時的にふさぎます[1]。信号が発生も伝導もしなくなるため、塗った場所の痛みが感じにくくなる仕組みです。
効果は数字でも確かめられています。レーザーでタトゥーを消す施術を受けた成人30人を対象に試験が行われました。リドカイン7%とテトラカイン7%を含む外用剤を60分塗った部位の痛みは、平均42mmでした(100mmが最大の痛みスケール)[6]。有効成分の入っていないプラセボの部位は、平均66mmでした[6]。ただし、十分に痛みが和らいだ部位は外用剤で50%、プラセボで7%にとどまりました[6]。タトゥーを入れる施術ではなく除去レーザーの研究ですが、塗れば無痛になるわけではないことが分かります。
塗り薬でも上限がある。量と時間、そして皮膚の状態
エムラクリームの添付文書では、成人は皮膚10cm2あたり1gを、ラップなどで密封して60分間塗るとされています[1]。1回に使える量は最大10gで、塗っている時間は120分を超えないことと定められています[1]。傷のある皮膚には使わないことも明記されています[1]。量と時間に上限があるのは、皮膚から吸収された麻酔薬が全身に回りすぎるのを防ぐためです。
米国FDAも2024年3月、タトゥーやピアスの痛み対策をうたう一部の市販外用鎮痛製品に注意喚起を出しました[2]。リドカイン濃度が4%を超える市販品を使わないよう助言しています[2]。広い範囲に塗らないこと、傷んだ皮膚に塗らないこと、ラップで覆わないことも助言しています[2]。吸収が増える使い方をすると、不整脈やけいれん、呼吸困難などの重い健康被害につながるおそれがあるからです[2]。「塗るだけだから安全」という考えは成り立たないのです。
もうひとつ知っておきたいのは、承認された効能の範囲です。エムラクリームの添付文書上の効能又は効果は、皮膚レーザー照射療法時と、注射針・静脈留置針を刺すときの疼痛緩和です[1]。タトゥー施術時の疼痛緩和は含まれていません。エムラクリームをタトゥー目的で使うかどうかは、医師の診察のうえで個別に判断する必要があります。市販されているほかのタトゥー向け麻酔クリームも、成分や添付文書の内容はそれぞれ異なるため、使用前に個別の確認が必要です。

使えない持病、慎重になるべき体質
添付文書で「使ってはいけない」と定められている条件があります。ひとつはメトヘモグロビン血症のある人です[1]。これは、血液が酸素を運ぶはたらきが落ちてしまう状態を指します。もうひとつは、エムラクリームの成分やアミド型局所麻酔剤で過敏症を起こしたことがある人です[1]。過去に麻酔で強い反応が出た経験がある場合は、必ず申告してください。
「使えないわけではないが注意が必要」とされる持病や体質もあります。G-6-PD欠乏という酵素の体質、心臓の刺激伝導障害、重篤な腎障害や肝障害がこれに当たります[1]。妊娠中の人は、治療上の利益が危険性を上回る場合にのみ使うとされています[1]。授乳中の人も、授乳を続けるか中止するかの検討が必要です[1]。ひとつでも当てはまるかもしれないと思ったら、隠さずに医師へ伝え、判断を仰いでください。
「麻酔アレルギー」と言われたことがある人へ
「昔、麻酔でアレルギーが出た」と言われた経験のある人は少なくありません。ただ、局所麻酔薬そのものへの真のアレルギーは、実はまれです。症例報告で確認された真のアレルギーは、局所麻酔薬の有害反応全体の1%未満と報告されています[3]。多くは、アレルギーではない反応か、防腐剤や添加剤など別の要因への過敏反応だとされています[3]。
だからといって、自己判断で「自分は大丈夫」と決めるのは危険です。過去に何が起きたかを詳しく聞き取ることが、評価の最初で最も重要な段階とされています[3]。必要に応じて、皮膚プリックテストや皮内テスト、パッチテストなどで原因を調べる方法もあります[3]。いつ、どんな場面の麻酔で、どんな症状が出たのか。覚えている範囲でかまわないので、カウンセリングで具体的に伝えてください。それが安全への近道になります。
飲んでいる薬との相性と、全身毒性という現象
エムラクリームには、一緒に使うと注意が必要な薬も定められています。クラスIII抗不整脈薬は、心臓の働きを抑える作用が重なるおそれがあります[1]。サルファ剤、エステル型局所麻酔薬、硝酸薬は、血液が酸素を運びにくくなるメトヘモグロビン血症のリスクが重なるおそれがあります[1]。アミド型局所麻酔薬とクラスI抗不整脈薬は、中毒症状が重なって出るおそれがあります[1]。心臓の薬や感染症の薬、ほかの麻酔薬を使っている人は、お薬手帳など薬の名前が分かるものを用意しておくと、確認がスムーズに進みます。
こうした注意の背景には、局所麻酔薬の全身毒性という現象があります。血液中の麻酔薬の濃度が上がりすぎると、初期には中枢神経の興奮やけいれんが起こり得ます[4]。進行すると、意識消失や不整脈、循環の虚脱に至ることもあります[4]。この現象は、神経ブロックなど区域麻酔を行う医療現場でよく知られており、発生頻度は1万例あたり1〜11例と報告されています[4]。この数値は区域麻酔での報告であり、エムラクリームのような外用薬にそのまま当てはめられるものではありません。それでも同じ仕組みの毒性が理論上は起こり得るため、添付文書に定められた量と時間の上限を守ることが大切です。肝機能が低下している人や心拍出量が低い人は起こしやすいとされており[4]、持病と薬の正確な申告が、そのまま自分の安全につながります。

麻酔クリームが使えなくても、タトゥーは入れられる
麻酔クリームが使えないと分かっても、タトゥーを諦める必要はありません。痛みの感じ方は体質だけで決まるものではなく、施術の組み立て方しだいで大きく変えられます。1,092人(女性863人、男性229人)を対象にした質問紙研究では、施術中の痛みと関連する要因として、施術時間(回帰係数0.35)やストレス(同0.45)などが報告されています[5]。つまり、施術時間を上手に調整し、リラックスして臨める環境を整えることが、痛みを和らげる有効な手立てになるということです。
具体的には、長時間の施術を短いセッションに分ける、当日はしっかり睡眠をとって心と体の緊張をほぐしておく、といった工夫が考えられます。スタジオ側でも、デザインや部位に合わせて休憩の取り方や進めるペースを調整できます。なお同じ研究では、事前に自己判断で鎮痛薬を飲んでいた人のほうが痛みを強く報告する関連も見られました[5]。薬に頼る前に、まずは施術者や医師に相談していただくのが、快適に仕上げる近道です。
カウンセリングで正直に伝えてほしいこと
カウンセリングで伝えてほしい情報をまとめます。心臓、腎臓、肝臓、血液に関わる持病。過去に麻酔で体調を崩した経験。いま飲んでいる薬。妊娠・授乳の状況。アレルギーの既往。どれも麻酔クリームを使えるかどうかだけでなく、施術全体の安全に関わる情報です。「関係ないかもしれない」と思うことでも、遠慮なく話してください。
麻酔クリームを使えるかどうかの最終判断は、医師の診察で行われます。使えると判断されれば、決められた量と塗り方を守ったうえで、痛みをしっかり和らげながら施術を受けられます。使えない場合も、セッションの分け方や進めるペースの工夫で、負担を抑えながらタトゥーを入れられます。ご自身の体質や持病に不安がある方は、予約時にその旨をお伝えください。状況に合わせた進め方をご案内します。
よくある質問
麻酔クリームを塗れば痛みは完全になくなりますか?
痛みを大きく和らげる効果が確認されています。レーザーによるタトゥー除去を受ける成人30人の試験では、リドカイン7%とテトラカイン7%の外用剤を60分塗った部位の痛みは平均42mmで、プラセボ部位の平均66mmを大きく下回りました(100mmが最大)。完全にゼロになるわけではありませんが、はっきりと体感できる差です。
昔「麻酔アレルギー」と言われました。タトゥーは無理ですか?
すぐに無理と決まるわけではありません。局所麻酔薬そのものへの真のアレルギーは有害反応全体の1%未満とまれで、多くは防腐剤や添加剤など別の要因への反応とされています。過去に起きた症状を詳しく医師に伝えたうえで判断を仰いでください。仮に使えない場合でも、進め方の工夫で負担を抑えながら施術できます。
市販の麻酔クリームを自分で塗ってから行ってもいいですか?
おすすめできません。麻酔クリームには塗る量と時間の上限、使ってはいけない持病、併用に注意が必要な薬が定められています。米国FDAも、高濃度リドカインの市販品を広範囲に塗ったり、ラップで覆ったりする使い方に注意喚起を出しています。自己判断せず、予約時にご相談ください。
麻酔クリームが使えない場合、タトゥーは諦めるしかありませんか?
諦める必要はありません。痛みは施術の組み立て方で十分和らげられます。1,092人を対象にした研究では、施術時間の長さとストレスが施術中の痛みと関連していました。セッションを短く分ける、リラックスして臨める準備をするなど、麻酔以外にも打てる手はあります。進め方は柔軟に調整できますので、予約時に不安をお伝えください。
参考文献
[1]. 佐藤製薬株式会社(製造販売元). エムラクリーム 添付文書. (独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA), 2026). リンク
[2]. U.S. Food and Drug Administration. FDA Warns Consumers to Avoid Certain Topical Pain Relief Products Due to Potential for Dangerous Health Effects. (U.S. Food and Drug Administration, 2024). リンク
[3]. Shirley Jiang, Monica Tang. Allergy to Local Anesthetics is a Rarity: Review of Diagnostics and Strategies for Clinical Management. (Clinical Reviews in Allergy & Immunology, 2023). doi:10.1007/s12016-022-08937-x. リンク
[4]. Yasuyuki Oda. Practical guide for the management of systemic toxicity caused by local anesthetics. (Journal of Anesthesia, 2019). doi:10.1007/s00540-018-2577-0. リンク
[5]. Joanna Witkoś, Magdalena Hartman-Petrycka. Gender Differences in Subjective Pain Perception during and after Tattooing. (International Journal of Environmental Research and Public Health, 2020). doi:10.3390/ijerph17249466. リンク
[6]. John Z. S. Chen, Laurie G. Jacobson, Aboneal D. Bakus, Jerome M. Garden, Dina Yaghmai, Leonard J. Bernstein, Roy G. Geronemus. Evaluation of the S-Caine Peel for induction of local anesthesia for laser-assisted tattoo removal: randomized, double-blind, placebo-controlled, multicenter study. (Dermatologic Surgery, 2005). doi:10.1111/j.1524-4725.2005.31074. リンク
Medical Supervisor

須賀 公佑すが・こうすけ
医師・認定産業医
inklinic 代表 / 株式会社デルマト 代表取締役
慶應義塾大学医学部卒業後、A.T.カーニーにて戦略コンサルタントとして国内外の医療・エンタメ・エネルギーなど多業界にわたるプロジェクトに従事。2024年、日本初の医療連携タトゥースタジオ「inkly tattoo」を設立。
タトゥーが「自己表現の手段」として自由に選ばれる社会を目指し、麻酔による痛みの軽減や衛生管理など、医学的知見に基づいた安心・安全な施術環境を提供している。日本におけるタトゥーの医学的・科学的アプローチの第一人者。
