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「痛みに耐えてこそ」という声はどこから来たのか
タトゥーと痛みを結び付ける語りには、長い歴史の重みが感じられます。皮膚科医のシャインフェルド(Noah Scheinfeld)は2007年の総説で、タトゥーが数千年にわたり儀礼や伝統の重要な道具として用いられてきたと述べています[10]。同じ総説は、宗教によってタトゥーへの態度が異なることも扱っています。仏教やヒンドゥー教では、保護や信仰のために広く使われてきたとしています[10]。ただし、この総説は、痛みに耐えること自体を全ての伝統的タトゥーに共通する条件とは述べていません。
現代でも、痛みをどう扱うかは人それぞれです。フェレイラによる2010年の研究は、リスボンとその近郊のスタジオで聞き取り調査を行いました[9]。対象は、多数のタトゥーやピアスを持つ人で、専門家または消費者として募集された15人です[9]。この研究は、施術に伴う痛みを人々がどう扱うか、痛みに伴う感情、そして痛みを抑えるための方法を分析しています[9]。
この調査からは、痛みの体験が感情や儀礼と結び付く一方で、痛みを和らげようとする工夫も現場でなされていることがうかがえます[9]。ただし、これは2010年にリスボン近郊で15人を対象に行われた聞き取り調査であり、長期にわたる伝統の継続を示す資料ではありません[9]。痛みに意味を見いだす感覚は本人にとって本物であり、否定されるべきものではありません。この記事は、その価値観を切り捨てるためのものではなく、別の選択肢を持つ人の事情も同じように尊重するためのものです。

痛みの感じ方が人によって違うのは、医学の常識
「同じ針なら同じ痛みのはず」と思われがちですが、研究はそう考えていません。フィリンギムによる2017年の総説は、痛みの経験には大きな個人差があると述べています[11]。年齢、性別、遺伝的要因、心理社会的要因など、複数の要因が関わるとまとめています[11]。同じ総説では、48℃の熱刺激に対する321人の健康な若年者の痛みの評価に、4点から100点までの幅があった例も示されています[11]。つまり、痛みの感じ方は根性や意志の強さだけで決まるものではありません。
タトゥーの痛みそのものを調べた研究もあります。ヴィトコシュとハルトマン=ペトリツカは2020年に、ポーランドのタトゥー経験者を対象にした質問紙研究を発表しました[12]。対象は1,092人で、内訳は女性863人と男性229人です。施術中の痛みが強いことと関連した要因として、施術時間、施術前のストレス、施術前の鎮痛薬の使用が報告されています[12]。出血についても関連が示されましたが、統計的な有意水準をわずかに上回る結果(p=0.052)だったため、この記事では明確な関連要因には含めません[12]。
「あの人は平気だったのに自分は痛かった」というのは、我慢が足りないからとは限らないのです。施術の条件やそのときの心身の状態が重なった結果と考えるほうが、研究の示す姿に近いといえます。
同じ研究では、施術中の痛みの強さに女性と男性で差がみられなかった一方、施術直後の痛みは女性で高かったと報告されています[12]。ただし、これは質問紙による観察研究です。麻酔クリームの効果を調べたものでも、タトゥーの仕上がりを検証したものでもありません。それでも、同じ施術でも人や条件によって痛みの感じ方に差が生まれ得ることを示す、具体的な手がかりにはなります。
麻酔クリームがしているのは「痛みを和らげる」こと
この記事で「麻酔」と呼ぶのは、皮膚の表面に塗るタイプの麻酔クリームです。局所注射や神経ブロック、鎮静、全身麻酔とは、適応や安全管理の考え方が異なります。そのため、ここでは表面麻酔クリームに限定して説明します。
リドカインとプロピトカインを配合したクリームの添付文書には、国内第III相試験の結果が記載されています。対象は、皮膚レーザー照射療法を受けた58人です[13]。クリームを塗った28人の痛みの評価(VAS値)は平均18.1、プラセボの30人は平均49.6で、統計的に意味のある差がありました[13]。皮膚レーザー照射療法では、クリームを塗ったグループの痛みの評価が、プラセボと比べて低かった、というのが試験の示す姿です。
この結果は、決められた濃度・基剤・塗布量で使われた処方箋医薬品についてのものです。成分や濃度、塗り方が異なる市販の麻酔クリームに、同じ効果や安全性があるとは限りません。
注意したいのは、この試験が皮膚レーザー照射療法と穿刺の場面のものだという点です[13]。タトゥーを入れる施術そのものについて、麻酔クリームの効果を検証した比較試験を、この記事では確認できていません。タトゥー施術は、このクリームの承認された効能にも含まれていません[13]。「麻酔があれば完全に無痛」という宣伝を見かけたら、むしろ疑ってください。麻酔は痛みを消す魔法ではなく、痛みのハードルを下げて施術を受けやすくするための道具です。

麻酔を使うと、作品の仕上がりはどうなるのか
「麻酔を使うと仕上がりが落ちる」という心配を聞くことがあります。逆に「動かずに済むから仕上がりが良くなる」という話を耳にすることもあります。しかし、表面麻酔とタトゥーの仕上がりの関係を直接調べた研究を、この記事では示せません。良くなるとも悪くなるとも、根拠のある答えを出せないということです。
注意点もあります。米国FDAは2024年、医師の処方を必要としない市販の外用鎮痛製品について警告しました[15]。高濃度のリドカイン製品を広い範囲に大量に塗ったり、刺激や損傷のある皮膚に塗ったりする使い方は要注意です[15]。ラップなどで覆うことも含め、皮膚からの吸収量を増やすおそれがあるとしています[15]。FDAはこの警告で、未承認の市販品について、広い範囲への大量使用、刺激や損傷のある皮膚への使用、ラップなどによる密封を、それぞれ避けるよう求めています[15]。一方、日本で処方箋医薬品として承認されているリドカイン・プロピトカイン配合クリームには、決められた用法があります。皮膚レーザー照射療法や穿刺の場面で、10平方センチメートルあたり1gを目安に塗り、60分程度密封するという使い方で、有効性と安全性が確認されています[13]。これは、タトゥー施術における密封使用の安全性を示すものではありません。対象や条件が異なるため、密封という行為そのものが一律に危険というわけではありませんが、タトゥー施術への当てはめには注意が必要です[13]。
麻酔クリームがタトゥーの仕上がりに与える影響についても、慎重な言い方が必要です。本記事で参照した範囲では、仕上がりを主要評価項目として表面麻酔の有無を比較した臨床試験を確認できていません。これは私たちが確認できた文献の範囲での話であり、そのような試験が存在しないと断定するものではありません。別の観点として、2025年に報告された症例があります。市販の麻酔クリームを使用した28歳男性が、施術前に10gを1回、施術中にさらに2回、合計3回にわたって塗布した後、肥厚性瘢痕や仕上がりの不均一が生じたというものです[16]。この症例報告は1件のみであり、比較試験ではありません。頻度や因果関係、仕上がりへの影響の有無を結論づける根拠にはなりません[16]。添付文書によれば、メトヘモグロビン血症のある人やアミド型局所麻酔薬に過敏症の既往がある人は使用できません[13]。持病がある人や薬を飲んでいる人は、使ってよいか事前に医師に相談することをおすすめします。

安全に使うための条件を知っておく
一部の市販の麻酔クリームは、使い方を間違えると危険な場合があります。米国FDAは2024年、一部の市販外用鎮痛製品について警告しました。対象は、タトゥーやピアス、レーザー施術などの前後または施術中の痛みをうたう製品です。この警告は、医師の処方を必要としない市販製品を対象としています。日本で処方箋医薬品として承認されているリドカイン・プロピトカイン配合クリームとは、対象が異なります[13]。
同様に、高濃度の製品を広範囲や損傷した皮膚に大量に使うと吸収量が増えるおそれがあります。その結果として、不整脈、けいれん、呼吸困難などの重い健康被害につながり得るとしています。FDAは、4%を超えるリドカインを含む市販外用鎮痛製品を使わないことも勧めています。
日本の状況にも触れておきます。日本で承認されているリドカイン・プロピトカイン配合クリームは、医師の処方箋が必要な処方箋医薬品です[13]。薬局で自己判断で購入できる市販薬ではありません[13]。添付文書によると、効能又は効果は、皮膚レーザー照射療法時と、注射針・静脈留置針を刺すときの痛みの緩和です[13]。タトゥー施術は効能又は効果に含まれていません[13]。
添付文書には、メトヘモグロビン血症のある人には使わないことが記されています[13]。成分またはアミド型局所麻酔薬に過敏症の既往がある人も同様です[13]。損傷した皮膚には使わないことや、塗る量と時間を守ることも定められています[13]。適切な用法のもとで、医師の処方箋に基づいて使われる薬ですが、体質や持病に心配がある場合は、使う前に医師に相談すると安心です。
伝統への敬意と、麻酔という選択は両立する
痛みに意味を見いだす人と、麻酔を選ぶ人。この2つは、対立しなければならない関係ではありません。どちらも目指しているのは「納得のいくタトゥーを完成させること」です。痛みを通過儀礼として大切にしたい人は、これまで通りそうすればよいのです。痛みが理由で一歩を踏み出せなかった人や、痛みに敏感な体質の人には、麻酔という道があればよいのです。ただし、持病や服用中の薬がある人にとって、麻酔は気軽に選べる道ではありません[13]。添付文書には、使ってはいけない条件や注意すべき体質が具体的に記されています[13]。心配がある場合は、使う前に医師に相談することをおすすめします。
痛みの経験に大きな個人差があり、生物学的な要因と心理社会的な要因が関わることは、フィリンギムによる2017年の総説がまとめています[11]。タトゥー経験者1,092人を調べた2020年の研究でも、施術時間や施術前のストレスなどが施術中の強い痛みと関連していました[12]。同じ施術でも、条件次第で痛みの体験は変わり得るということです。全員に同じ我慢を求めることが公平とは限らない、と考える手がかりになります。ここから先は、研究結果ではなく編集部の考えです。タトゥーの価値を決めるのは、耐えた痛みの量ではなく、デザインと意味と仕上がりだと私たちは考えています。選択肢が増えることは、文化が痩せることではありません。

自分に合う選び方、迷ったらここを確認する
麻酔を使うかどうか迷ったら、まず彫師に相談してください。入れたい部位や予定される施術時間、痛みでつらかった経験を正直に伝えてください。そうすれば、施術の進め方を一緒に考えやすくなります。ただし、薬の適否や相互作用については、医師や薬剤師に確認するのが安心です。持病や服用中の薬、麻酔薬へのアレルギーは、健康に関わる事柄です。米国FDAが2024年の警告で示したように、塗る部位の皮膚の状態、塗る範囲と量、製品の濃度も安全性に関わります。当てはまる心配がある人は、まず医師に確認してから使ってください。痛みの感じ方には個人差があります。心配を口にするのは、恥ずかしいことではありません。彫師によっては、麻酔クリームを使う場合に追加料金がかかることがあります。事前に彫師へ確認しておくと安心です。
麻酔は、ズルでも逃げでもありません。とはいえ、どんな製品をどう使っても安全という意味ではありません。承認されている用法は、皮膚レーザー照射療法時と、注射針・静脈留置針穿刺時の疼痛緩和に限られます。タトゥー施術での効果を直接示す比較試験は確認できていません。安全性については、市販クリームの使用と、瘢痕を伴う過剰な施術との関連が報告された1症例がありますが[16]、頻度や因果関係を結論づけるものではありません。
心配があれば、使う前に医師に相談してください。使う人にも使わない人にも、それぞれの理由があります。大切なのは、無痛を約束する誇大な宣伝に流されないことです。自分と違う選択をした人を笑わないことも、同じくらい大切です。タトゥーは長く付き合うことになる作品です。痛みとの向き合い方も、自分で選んでいいのです。
よくある質問
麻酔を使えばタトゥーは完全に無痛になりますか?
いいえ。麻酔クリームは皮膚表面の痛みを和らげる手段であり、無痛を約束するものではありません。施術時間が長い場合や骨の近くなど、部位によっては痛みが残ることがあります。
麻酔クリームを自分で買って塗ってから施術を受けてもいいですか?
おすすめしません。米国では高濃度のクリームを広い範囲に自己判断で塗り、重い中毒で亡くなった例が報告されています。使う量や範囲を把握できる管理された環境で使うことが大切です。
麻酔を使うと彫師に嫌がられませんか?
スタジオによって方針が違うため、事前の相談が大切です。麻酔の使用を前提に手順を組んでいるスタジオもあります。無断で塗って行くのではなく、必ず先に伝えましょう。
麻酔を使うと仕上がりが悪くなりますか?
適切な種類と塗り方で使えば、仕上がりへの影響は管理できます。むしろ痛みで体が動いてしまうことが減り、細かい作業をしやすくなるという実務上の利点もあります。
参考文献
[9]. Vitor Sérgio Ferreira. Tattoo, body piercing and the experience of pain: emotion, ritualization and medicalization. (Saúde e Sociedade, 2010). doi:10.1590/S0104-12902010000200002. リンク
[10]. Noah Scheinfeld. Tattoos and religion. (Clinics in Dermatology, 2007). doi:10.1016/j.clindermatol.2007.05.009. リンク
[11]. Roger B. Fillingim. Individual differences in pain: understanding the mosaic that makes pain personal. (Pain, 2017). doi:10.1097/j.pain.0000000000000775. リンク
[12]. Joanna Witkoś, Magdalena Hartman-Petrycka. Gender Differences in Subjective Pain Perception during and after Tattooing. (International Journal of Environmental Research and Public Health, 2020). doi:10.3390/ijerph17249466. リンク
[13]. 佐藤製薬株式会社、PMDA掲載資料. エムラクリーム 添付文書. (独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA), 2026). リンク
[15]. U.S. Food and Drug Administration. FDA Warns Consumers to Avoid Certain Topical Pain Relief Products Due to Potential for Dangerous Health Effects. (U.S. Food and Drug Administration, 2024). リンク
[16]. Nicolas Kluger. An overworked tattoo with scarring associated with the use of an over-the-counter numbing cream. (European Journal of Dermatology, 2025). doi:10.1684/ejd.2025.4980. リンク
Medical Supervisor

須賀 公佑すが・こうすけ
医師・認定産業医
inklinic 代表 / 株式会社デルマト 代表取締役
慶應義塾大学医学部卒業後、A.T.カーニーにて戦略コンサルタントとして国内外の医療・エンタメ・エネルギーなど多業界にわたるプロジェクトに従事。2024年、日本初の医療連携タトゥースタジオ「inkly tattoo」を設立。
タトゥーが「自己表現の手段」として自由に選ばれる社会を目指し、麻酔による痛みの軽減や衛生管理など、医学的知見に基づいた安心・安全な施術環境を提供している。日本におけるタトゥーの医学的・科学的アプローチの第一人者。
