目次
カップに分けるのは、ボトルの中身を守るため
タトゥーの施術台では、インクのボトルから小さなカップに必要な分だけを出して使います。このカップは「インクキャップ」と呼ばれる使い捨ての容器です。ニードル(針)を浸すのはこのカップのインクだけで、ボトルにニードルを入れることはありません。米国カンザス州の美容委員会も、適切な施術手順として清潔な使い捨てインクキャップを使うことを挙げています[4]。
目的は、ボトルを施術の現場から切り離しておくことです。ボトルは何人分ものインクをまとめて保管する、いわば共用の貯蔵庫です。施術中に手や器具が触れる場所とボトルを分けておけば、その日の施術で生じた汚れがボトルへ戻りにくくなります。米国フロリダ州保健局の規則は、顧客ごとに個別の量のインクを清潔な使い捨てカップへ分けるよう定めています[2]。
料理にたとえると、大皿の料理を自分の箸で直接つつかず、取り皿に分けてから食べるのに近い考え方です。取り皿に移した分は自分専用になり、大皿の料理は次の人のためにきれいなまま残ります。インクのボトルとカップの関係も同じです。ボトルを大皿、カップを取り皿と考えると、なぜ毎回カップを使うのかがつかみやすくなります。

使い残したインクをボトルに戻さない理由
小分けしたインクが余っても、ボトルには戻しません。施術中のカップには、ニードルが何度も出入りします。手袋をした手も、カップのすぐそばで動き続けます。そのインクをボトルに戻すと、施術の場で入り込んだものを、ボトルの中身全体に混ぜてしまうおそれがあります。ボトルのインクは次の施術でも使うため、一度汚れると影響が次の人にまで広がりかねません。
公的な指針は、余りの扱いをはっきり定めています。フロリダ州の規則は、施術が終わったら未使用のインクを廃棄するとしています[2]。トロント公衆衛生局は、使い捨てキャップを顧客ごとに捨て、余ったインクも捨てるよう示しています[3]。日本タトゥーイスト協会のガイドラインも、施術に使ったインクとインクキャップを施術ごとに使い捨てにするとしています[1]。
施術の途中でインクが足りなくなった場合も、同じ考え方をとります。トロント公衆衛生局は、追加のインクが必要なときは新しい使い捨てキャップを使うよう示しています[3]。使いかけのカップにボトルから継ぎ足すのではなく、新しい容器を足すという手順です。余った分をためらわずに捨てることが、ボトルを清潔に保つための約束ごとになっています。
交差汚染はどんな場面で起こりうるのか
交差汚染とは、ある人や物についた菌が、別の人や物へ移ることです。インクでとくに気をつけたいのが、ボトルとカップのあいだです。タトゥー後の細菌感染の報告を集めて見直した系統的レビューは、ストックボトルから非滅菌の小さなカップへ繰り返し移す工程が汚染源になりうると指摘しています[7]。ボトルの先端がカップに触れる場合は、とくに注意が必要だとしています[7]。
つまり、カップに分けること自体が、いつでも安全を保証するわけではありません。注ぎ方が雑だと、ボトルの口がカップのふちに触れ、そこからボトルへ汚れが移りかねません。カンザス州の手順でも、ボトルを開け閉めするときは汚れを防ぐ覆い(バリア)を使うよう示しています[4]。あわせて、ボトルの先端をカップに触れさせずに注ぐことも示しています[4]。
同じレビューは、色を混ぜる作業や、滅菌していない液でインクを薄める作業も汚染源として挙げています[7]。トロント公衆衛生局は、インクを薄めるときは滅菌水を使い、水道水は使わないよう示しています[3]。再使用できるキャップは、顧客と顧客のあいだで滅菌するよう求められています[3]。使い捨てキャップについては、使用前の消毒の例として70%イソプロピルアルコールに10分間という記載があります[3]。
未開封のボトルでも、菌が見つかることがある
ボトルを開けたばかりなら必ず無菌、とは限りません。米国で13社から購入した未開封のタトゥーインクとパーマネントメイク用インク85本を調べた研究では、85本中42本(49%)で微生物が見つかりました[6]。内訳は、細菌だけが33本、真菌(カビや酵母の仲間)だけが2本、細菌と真菌の両方が7本でした[6]。
菌の量も測られています。量の単位であるCFUは、培養して育った菌のかたまりを数えたものです。42本のうち26本は1mLあたり10〜1,000CFU、16本は1,000CFUを超えていました[6]。一方で、この85本からは抗酸菌は検出されませんでした[6]。抗酸菌は、次の節で紹介する集団感染の原因になった菌の仲間です。
開封済みのボトルについては、1gあたり1,000〜10億CFUという高い細菌量がみられることがあると、先のレビューがまとめています[7]。ここで大切なのは、カップへの小分けが何を防ぐ手順なのかを分けて考えることです。小分けは主に、施術中にボトルが汚れるのを防ぐ手順です。製造の段階で入り込んだ汚染までは防げないため、インク選びと施術中の扱いの両方が欠かせません。

インクが原因になった集団感染の記録
米国疾病対策センター(CDC)は、2011〜2012年に複数の州で起きた、タトゥー後の皮膚感染の集団発生を報告しています[5]。原因の菌は非結核性抗酸菌で、結核菌とは別の種類の抗酸菌です。CDC、州や地方の保健当局、米国食品医薬品局(FDA)が調べた結果、特定された5つのクラスター(同じ時期にまとまって起きた発生)のうち2つで、使われたインクから菌の汚染が見つかりました[5]。
ニューヨークのクラスターでは19人の症例が特定されました。内訳は、Mycobacterium chelonae(マイコバクテリウム・ケロネ)による感染と確定した14人、可能性が高いとされた4人、可能性例とされた1人です[5]。この菌は未開封のボトルと開封済みのボトルの両方から検出されています[5]。遺伝子の型を比べる検査(PFGE)では、未開封ボトルの菌と患者11人分の菌の型が区別できませんでした[5]。
CDCは、インクの汚染が起こる道筋として、製造時の汚染された原料や不十分な製造工程を挙げています[5]。もう1つが、施術者が非滅菌の水でインクを薄めることです[5]。タトゥー後の細菌感染のうち、非抗酸菌性の感染症例については、1984〜2015年に公表された67例を検討したレビューがあります[7]。非結核性抗酸菌による感染は、別の系統的レビューで扱われているとされています[7]。作る側の管理と、施術の場での扱いの両方が問われていることが、こうした記録からわかります。
使い切りの手順を支える指針
日本では、日本タトゥーイスト協会が2019年に業界団体としての衛生管理ガイドラインを出しています[1]。施術に使った針、インク、インクキャップ、精製水、使い捨てのチューブ類、ペーパータオルは、施術ごとに使い捨てにするとしています[1]。皮膚に触れたペン類や、体液が付いた可能性がある物も同じ扱いです[1]。インクの使い切りは、この一覧の一部として示されています。
海外の公的機関も、同じ方向の手順を示しています。米国フロリダ州は2012年の規則(Chapter 64E-28.009)で、顧客ごとのカップへの小分けと余りの廃棄を定めています[2]。トロント公衆衛生局は、クリームや軟膏、インクを汚染を防ぐ方法で分け、使い切り包装を勧めています[3]。カンザス州も、使い捨てキャップと、先端を触れさせない注ぎ方を示しています[4]。
作る側に向けた指針もあります。FDAは2024年10月、インクが微生物に汚染され、健康を害するおそれがある状況を、製造業者や流通業者が見分けるための指針を公表しました[8]。この文書は、法的に強制される新しい責任を定めるものではなく、FDAの現時点での推奨だと明記しています[8]。メーカーの管理とスタジオの手順を組み合わせて、インクの清潔さを守るという考え方です。

施術を受けるときに見ておきたいこと
施術を受ける側にも、見ておける点があります。施術の前に、新しいカップが並べられているかを見てみてください。インクを注ぐとき、ボトルの口がカップに触れていないかも目安になります。施術が終わったら、カップや余ったインクが片づけられ、捨てられているかを見ておきましょう。ここで紹介した指針に沿った手順なら、どれも施術台の上で自然に目に入る動きです。
気になることは、予約時やカウンセリングで遠慮なく聞いてください。「インクは毎回カップに分けていますか」「余ったインクはどうしていますか」と尋ねるのは、失礼なことではありません。衛生に気を配るスタジオほど、こうした質問にきちんと答えてくれます。納得したうえで施術を受けることが、安心してタトゥーを楽しむための第一歩です。
施術後のケアも大切です。赤みや腫れ、しこりなどが長引くときは、自己判断せずに医療機関を受診してください。インクの扱いで防げるのは、リスクの一部です。施術中の衛生と施術後のケアがそろって、はじめてトラブルを減らせます。わからないことがあれば、施術を受けたスタジオに早めにご相談ください。
よくある質問
タトゥーインクはなぜボトルから直接使わないのですか?
ニードル(針)や手袋が触れる場所からボトルを切り離し、ボトルの中身を汚さないためです。顧客ごとに必要な分だけを清潔な使い捨てカップに分ける手順は、米国フロリダ州の規則などでも定められています。
余ったインクをボトルに戻してはいけないのですか?
戻しません。フロリダ州の規則やトロント公衆衛生局の指針は、余ったインクを廃棄するよう示しています。日本タトゥーイスト協会のガイドラインも、インクとインクキャップを施術ごとに使い捨てにするとしています。
カップに小分けすれば、インクは必ず安全ですか?
小分けは、施術中にボトルが汚れるのを防ぐための手順です。製造段階の汚染までは防げません。米国の調査では、未開封のインク85本のうち42本(49%)で微生物が見つかっています。小分けのときにボトルの先端がカップに触れると、それ自体が汚染源になりうるとも指摘されています。
スタジオの衛生面が気になるときはどうすればよいですか?
インクの扱いや使い捨て用品について、予約時やカウンセリングで遠慮なく質問してください。施術後に赤みや腫れが長引くときは、自己判断せずに医療機関を受診してください。
参考文献
[1]. 一般社団法人 日本タトゥーイスト協会. タトゥースタジオにおける衛生管理に関するガイドライン. (一般社団法人 日本タトゥーイスト協会, 2019). リンク
[2]. State of Florida. Standards of Practice for a Tattoo Artist or Guest Tattoo Artist, Chapter 64E-28.009. (Florida Department of Health, 2012). リンク
[3]. City of Toronto. Tattooing: Infection Prevention and Control. (Toronto Public Health, 2026). リンク
[4]. Kansas Board of Cosmetology. Proper Tattoo Procedure. (Kansas Board of Cosmetology, 2024). リンク
[5]. Centers for Disease Control and Prevention. Tattoo-Associated Nontuberculous Mycobacterial Skin Infections — Multiple States, 2011–2012. (Centers for Disease Control and Prevention, 2012). リンク
[6]. S. W. Nho, S.-J. Kim, O. Kweon, P. C. Howard, M. S. Moon, N. K. Sadrieh, C. E. Cerniglia. Microbiological survey of commercial tattoo and permanent makeup inks available in the United States. (Journal of Applied Microbiology, 2018). doi:10.1111/jam.13713. リンク
[7]. Ralf Dieckmann, Ides Boone, Stefan O. Brockmann, Jens A. Hammerl, Annette Kolb-Mäurer, Matthias Goebeler, Andreas Luch, Sascha Al Dahouk. The Risk of Bacterial Infection After Tattooing: A Systematic Review of the Literature. (Deutsches Ärzteblatt International, 2016). doi:10.3238/arztebl.2016.0665. リンク
[8]. U.S. Food and Drug Administration. Guidance for Industry: Insanitary Conditions in the Preparation, Packing, and Holding of Tattoo Inks and the Risk of Microbial Contamination. (U.S. Food and Drug Administration, 2024). リンク
Medical Supervisor

須賀 公佑すが・こうすけ
医師・認定産業医
株式会社デルマト 代表取締役
慶應義塾大学医学部を卒業後、A.T.カーニーで戦略コンサルタントとして、国内外の医療・エンタメ・エネルギーなど多くの業界のプロジェクトに携わりました。2024年に、日本初の医療連携タトゥースタジオ「inkly tattoo」を設立しました。
タトゥーが「自己表現の手段」として自由に選ばれる社会を目指し、麻酔クリームの扱いや衛生管理など、医学の知識にもとづいた安心・安全な施術環境を整えています。日本で、タトゥーに医学・科学の立場から取り組む第一人者です。
